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2017年07月の記事一覧

ライブ手術って、なに?

ライブサージェリーというのがあります。

 

  
 通常の学会で手術に関する発表や解説、議論をする時は、手術ビデオの中の、ポイントとなるところ、エッセンスだけを短時間に編集したものを供覧します。講演にはそれぞれ制限時間があるので、至極当然のことです。

 この、ポイントだけで良ければ、学会参加で充分なのですが、我々の世界では、別の施設にわざわざ出向いて手術見学をする事が頻繁に行われていますし、私の手術にも、これまでに全国色んな施設の先生方が見学にいらっしゃっています。

  その理由は、自分の手術に取り入れたい手技や、新しい手術を学びたいときには、編集されたものではなく、ポイントとなる手技と手技の間、器材のセッティング、周辺スタッフの動きなど、術野以外の部分、更にはその時の様子から術者が考えていることを見て感じる事が大変重要だからです。また、実はここからがみんなの一番見たい(=勉強したい)ところなのですが、術中に思わぬ展開、術前の予想以上に困難な症例だったケースなど(要するに、ちょっと慌てるシーン)、現場で、どのような機転を利かせて対応するのか、どんな小技を利かせて状況を打開するのか(トラブルシューティング、術式のコンバートなどとも言います)、という所なんですね。



 ところが、学会などでは、やはり皆、同業者には、少しでも自分の手術を鮮やかに見せたい、という欲求がありますので(私も、多少あります)、皆が供覧するものは、上手くいった手術の上手くいったシーンだけを編集しているものが殆どです。そこで、手術をライブ中継して、全てをお見せして、お互いに勉強する、自分の手術の最初から最後まで余すところなく見せることで、皆の明日からの手術に役立てて頂く、という会が、本日行われました。私も以前、自院からの手術をライブ中継したことがありますhttp://www.ouchi-ganka.com/publication/2014.htmlが、本日は、眼科手術ライブの会で、コメンテーターと講演セッションで参加してきました。



 

 さて、このライブ手術に関して、実は今、眼科医の間でも、その是非について二つの意見が対峙しています。ここが、一番言いたいところなのですが、それについては、次の頁で述べさせて頂きます。

ライブ手術は善か悪か

さて、前頁でご説明したライブ手術ですが、眼科の手術は、ほぼ全て顕微鏡を通して行われるため、既に映像化されていますので、このようなライブ中継と、本来は相性が良いものです。実際、約20年前は、手術映像をそのまま大きな会場に中継して、術者はマイクとヘッドフォンを付けながら、開場に集まった医師達の質問に答えながら手術をする、と言う勉強会が盛んに行われていました。私も駆け出しの頃、こういった会に足繁く通い、エキスパートの先生の手術を生で見ながら、憧憬の念を抱き、勉強したものです。


 しかし今、このライブ手術に関して、推進派と反対派に真っ二つに割れているのです・・・眼科の世界は。反対派意見の基本は、患者不利益、と言うものです、つまり、「みんなに見られている」という余計なプレッシャーを感じながらの手術は、普段より上手く行かないのではないか、そしてもう一つ、今流行の個人情報、と言う理由です。一方これに対する推進派の意見は、「大学などの教育病院や、研修医の居る大きな総合病院では、常に若い先生に教えながら手術をしているので、『小さなライブ手術』はいつもやっているわけで、それは理由にならない」「個人情報も、ライブとビデオでは差違は無い。そして何より、ライブは、何一つ隠し立て出来ない環境で行う、究極の医療開示である、という点で、むしろ今の倫理感に合致する」と言うものです。



 私も、ライブ手術を発信した経験もありhttp://www.ouchi-ganka.com/publication/2014.html、さらに、日頃から患者家族には、手術を公開していることからもお分かりのようにライブ推進派です(ただし、公開手術をしていない他の病院も、マスコミの言うような「密室性」と言う事では無く、手術室の無菌環境やスタッフの動線を維持するために、非関係者を入れる想定をしていないだけです)。未来の術者育成のためにも、ライブは、ビデオでは得られない異質の教育効果があります。実際、心臓外科、血管外科など他の領域では、こんな議論はもはや無く、当たり前のようにライブ手術が行われているのです。



 20数年前、それまで静止画像と数値だけで議論されていた手術関連学会にビデオが登場し、学会の勢力図が大きく変貌しました。それまでデータだけだった議論の対象に、数字に表せないけど目で見て分かる「手技、技量」というものが入り込んできたからです。 

 そしていま眼科領域で交わされている、賛成、反対論は、それと似ていて、ぶっちゃけてしまうと、『ライブに耐えうる技量とメンタルがある術者と、そうで無い術者』の議論であって、ライブで供覧出来るか出来ないかで医師の差別化が生じると困る立場の人が反対派、というのが、私の考え方です。因みにもっと楽屋ネタを言ってしまうと、偉い(論文で高名だけど、あまり手術は得意じゃない)先生の代わりに、論文は書かないけど手術は上手な先生がコッソリ執刀する、ゴーストライターならぬ、ゴーストオペレーターという人が活躍する大学病院は、今でもあります。

 

 もちろん、手術の発展は、個々人の技量だけでなされるものでは無く、データを中心とした学問から得られるエビデンスも必須ですから、ライブに向いてる術者はライブをする、データ解析の得意な先生はそれを追求する、お互いが尊重し合って邪魔をしないことが一番大切でしょう。

出身校と所属医局

私は現在、京都府立医大の客員講師を拝命し、職歴も、同大学の関連施設を歴任してきましたが、私の出身校は、東京慈恵会医科大学です。今日は、その大学の眼科学教室 新教授の就任祝賀会にお招き頂きました。この教授は、学生時代のテニス部の先輩でもあります。



さて、多くの医師は、自身の卒業した大学の附属病院に入職し、その大学病院の医局員として診療、研究生活をスタートします。その後は、そのまま、大学病院でスタッフとして、或いは関連病院で仕事をしますが、私のように、自身の卒業大学とは違う大学病院に入職するケースも珍しくありません。

 

 理由は様々で、自分の目指す専門領域に強い大学が別にある、親の病院を継ぐために卒後は地元に戻る、また、残念なケースとしては、自身の大学が好きではなかった、或いは元々生活するつもりの無い地域の大学に入学していた、など多岐にわたります。

 私の場合は、入学時は当然、そのまま母校の附属病院で仕事をするつもりでいたのですが、折しもバブル経済の時代で、東京の住宅事情が悪化しすぎたため、仕方なく (と言っては、叱られそうですが)、京都に戻り、地元の大学病院に入職した、と言うのが、当初の理由でした。

 

 出身校にそのまま残るメリットとしては、慣れた環境で、学生時代の同僚や、先輩、後輩との繋がりの濃い中で仕事が出来る、と言うのが一番でしょう。

一方、出身大学以外の大学病院で仕事をするメリットの一つ目は、大学によって異なる文化、価値観に触れられ、自分で良いと思うものを取捨選択しながら自分の仕事のスタイルを作れること、そして二つ目は、全国学会などの「他流試合」に出たときに、所属医局以外に、もう一つの仲間が助けてくれることです。
一つ目の恩恵として、私の場合は、角膜分野で世界的な業績http://www.ouchi-ganka.com/blog/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/%E8%A7%92%E8%86%9C%E7%96%BE%E6%82%A3%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AB%E3%80%81%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E5%B8%8C%E6%9C%9B/を上げた京都府立医大の研究マインドに刺激を受けられた一方、京都の大学と、東京のど真ん中に位置する大学とは、一緒に過ごした友人、働いている人達の価値観、街全体の文化は大きく異なり、学生時代の6年間をここで過ごしたことは、その後の私の診療スタイルに大きく影響していると思います。

 

しかし私の場合は、それ以上に、二つ目の恩恵を極めて大きく受けられた珍しいケースで、京都で初めての白内障手術専門医として歩き始めようとしたとき、偶然、母校、東京慈恵医大がその分野で先駆的な大学でしたので、同窓生の私には、医局の垣根を越えてあらゆる指導を下さいました。そして、今も、その大学医局の先生方と協力し合って仕事の出来ることが、この分野で先端技術を取り入れられている大きな理由ですので、大変幸せだと、この学風には感謝しています。

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